SSTR2019 参戦レポート ライフ部門


ライフ部門 大賞

NO.2948
氏名:飯干 俊文 さん

ライフ部門(プロジェクトSSTR2019)
このイベントを知ったのは昨年6月のイベント終了後の皆さんのSNSの投稿からだった。それからSSTRがどんなイベントであるか、風間さんのラリー完走の感動を体験して欲しいという思いを知り、私は千里浜のゴールを夢みるようになった。私にとっては、家内と交際をはじめた30代のころ参加した、九州山脈ツーリング(今はもう行われていない)以来の大イベントだ。あの達成感を56歳になった私自身が感じたかった。それに家内にも感じてもらいたかった。プロジェクトのはじまりだった。問題は、九州宮崎からどうやって石川県の千里浜を目指すかだった。当初は、四国縦断で淡路島辺りでのキャンプ前泊を考えていた。陸路では片道最短で970キロ、ちょっと厳しい。そこでフェリーで神戸まで行くことにして、観光地を入れた経路にした。開催日が発表されて2月には、早割りでフェリーを予約、千里浜付近の宿泊施設を探したが、キャンプ場も既に空きがなかった。やむなく金沢市まで下ったビジネスホテルを予約した。おおよそ準備が整い、エントリー受付の日は目覚ましで起きて、午前0時30分ころ、タンデムでエントリーした。そして子供のように夫婦共々ワクワクしながら宮崎出発の24日を迎えたのだ。家内は船酔いをおそれていたが、なんとか無事下船でき、当日25日は、神戸三宮フェリーターミナルから午前8時のスタートとなった。ドラマがはじまった。午前9時すぎ吹田SAに到着、仮面ライダーの様なマフラーをされたライダー夫婦から、宮崎からSSTRですかと声を掛けられた。そこで高速で事故渋滞が起こっているとの情報をもらった。同じ時間と目的を共有する仲間、嬉しかった。渋滞は難なく切り抜けられ、道の駅を主にポイントを貯めていった。途中、近江神社で参拝、御朱印帳にハマってる家内の小さなイベントでもあった。再び千里浜を目指すと、日本海が見えてきた。九州ではお目にかかれない日本海が見れたことで2人のテンションは上がった。千里浜が近くなり、通り過ぎるパーキング、走っている路線にずらりとバイクが並んでいた。千里浜今浜口まで来た。浜辺に並ぶバイクとライダーが迎えてくれた。ジワっと目頭が熱くなり、言葉にならない。家内が着いたねと言う、「うん」とそれだけしか答えられなかった。何か言おうとすると涙が出そうだったからだ。しばらく手を振りながら走って千里浜にバイクを止めた。エンジンを切ると波の音が耳に入る、着いたんだ千里浜まで来たんだ。そしてゴールゲートをくぐる、手を振り、頭を下げ、出迎えれくれた方々に感謝だ。この感動をありがとうSSTR。浜辺に沿うようにヘッドライトで描かれたラインが綺麗だった。翌朝、余韻も冷めないままの帰路となったが、幸運にも尼御前SAでモトブログのウイリーさんに会うことができた。夢のような出来事だった。あれからもう1週間が経つが、まだ夢心地でいる。この余韻は何だろう、家内もそうだと言う。なんなんだろう、こんな感覚は初めてだ。まだ私のSSTRは終わっていないのか?。そうだ2020年の5月に、家内とタンデムで、もう一度千里浜まで戻りその答えを探そう。


ライフ部門 佳作

NO. 474
氏名: 尾原 崇 さん

参加車両のモトコンポが動くようになったのは本番の2週間前、ナンバーを登録したのは10日前だった。
第5回に原付2種で登録した改造モトコンポで完走したが、ノーマル車両でも行けるかもと思いエントリーしてみた。
この車両は6年前から不動車、エンジンがかからなくなり放置していた。
ガソリンタンクの錆取り、フレームの塗装と時間がかかった。オドメーターが無いので他車の中身を組み込んだ。
試走の時に振動がすごくボルトが欠落、前日もアイドリングしなくなりキャブを清掃、オイル漏れもあった。
そもそも長距離に向いてないので壊れないか心配だった。
ルートは、さすがに地元の神奈川県からでは無理なので最短である名古屋港をスタート地点に決めた。
横浜から名古屋までトランポで移動、名古屋港近くの駐輪場にバイクを預け、羽咋駅の駐車場にトランポを預けて電車とバスで名古屋に戻った。
本番は、名古屋港大手ふ頭からスタートし環状線を北上するが信号が多くなかなか進まないが、バイクの調子が良く内心ホッとした。
白川街道に入ると参加者に抜かれる回数が増えてきた。そう、モトコンポは遅いのである。
ギアが1速しかないので発進はゆっくりで、エンジンが吹けきっても45キロ位しか出ない。
路肩で後方を気にしながらの走行が続いたが、抜いて行くほとんどの方がYAEH!してくれて元気を貰った。
五箇山まで順調に進むが国道304号の急坂では、止まりそうになりながらもなんとか登り切れた。
千里浜に到着、完走。ビーチランは楽しく、ゴールの歓迎は素直に嬉しい。感謝。
思いもよらず早く着いてしまった。トラブルを恐れて急ぎ過ぎたのだ。パンクが心配でチューブを4本も用意した。
空いた時間でコスモアイル羽咋に行けた。見応えがありおもしろかった。
モーターサイクルショーで風間さんと会った時に「モトコンポで行きます」と約束したので守れて良かった。
結果、うちの子は本番に強かった!


ライフ部門 佳作

NO.1246
氏名:田中 克佳 さん

今年のSSTRは5歳の息子とのタンデム。息子自身が3歳の時からの夢だったのだ。
エントリーした後、息子は地図を見て、「ちょっと遠くない?ヤバくない?」と、ようやくSSTRが大冒険であることに気付いた。
SSTR前日に新潟からスタート地点の宮城県七ヶ浜町の「シチノホテル」まで移動。震災後に巨大な防潮堤の海側に建てられた、裏松島を一望できる場所。夕食時、その景色を眺めながらビールとりんごジュースで乾杯。明日の完走と無事に帰ることを誓った。
SSTR当日の朝は、初めて見る太平洋側からの日の出に息子は大興奮でスタート。
宮城、福島を抜け、新潟に入ると気温もぐんぐん上昇し、熱中症の危険を感じるようになった。ここでキャメルバック作戦を決行。キャメルバックに水を入れ、走行中もこまめに水分補給。途中で買った笹川流れの塩飴をなめて塩分補給。無理せず30分毎に休憩して体を冷やす。熱中症にかかってリタイヤするより、暑い時間帯は無理せずペースを落としたほうが得策だと考えた。そして、ついに千里浜に入る。砂浜にはたくさんのバイク。海の上にには輝く太陽。そして絶叫する息子。
「やったやったー!千里浜に来たよパパぁ!凄い凄い!バイクがいっぱいいる!」
大勢のライダー達が手を振ってくれる。それに反応して息子も手を振り返す。SSTRでなければ味わえない達成感で満たされる瞬間だ。スタートから620キロ。18時50分ごろ風間さんとハイタッチして無事にゴールゲートを通過した。
SSTRを通してオートバイの素晴らしさ、自然との闘い、物事に挑戦すること、あきらめないこと、親子の絆等々を息子へリアルな体験として伝えることができました。
家に帰ってきて、「楽しかった!またSSTRに行きたい!」という息子の心からの言葉に親として大変うれしく思いました。SSTRに関わる全ての人たちに感謝します。


ライフ部門 佳作

NO.1280
氏名:岡村 康史 さん

 4回目のSSTRは妻と2人で走る。
 2年続けて参加した娘は試験勉強と部活で行かない。
2人だけで走ったのは結婚する前、20年ぶりだと思う。
 珠洲から狼煙に向かい淡々と走り続けた。
 今回のSSTR前にインカムを買ったけど、今更会話しながら走れるほど器用じゃない。
業務連絡みたいに「次の車の後に入る」とか「そろそろ休憩したい」とか話しながら走った。
 狼煙近くで声をかけた。
「もう少しで道の駅に着く。確かこの辺りの海側にランプの宿があったと思う」
こもった声で妻が答える。
「(家の)じいさんの好きなランプの宿か?」
「そやな」
「ばあさんは嫌いやけどな」
「そやね」
「可笑しいな」
「ああ可笑しいな」
そんな会話をしながら狼煙に走った。
 丘に登って灯台を見に行った。何年かぶりに2人で写真を撮った。後で写真を見れば私は笑っていた。
狼煙を出てインカム越しに話す。
「ここから輪島までは、めっちゃ良い道なんや」
視界が開ける。
海沿いのアップダウン、少しうねった道が続く。
「わぁぁ」
妻が声を上げる。すれ違うライダーは、みんなSSTRのゼッケンを付けていて大きく手を振ってくる。私達も2人してぶんぶんと手を振り続ける。
唐突に聞かれた。
「楽しい?」
少し考えて答えた
「話しながら2人で走るのは、少し照れくさくて、でも新鮮で、納得して、頼もしくて、楽しい」
「なら、それはきちんと口に出して」
「分かった」
「後で目を見ながら言って」
「はい」

 2人で走っている。もう一度2人の世界が始まっていく。
若造と小娘でなく、父親と母親でもなく、おじさんとおばさんになった2人の。
 又、同じ物を見て語り合うのかな?
お互い別の物を見て相手に話すのも良いのかな?
 そして、そこにバイクは有るのかな?


ライフ部門 佳作

NO.1828
氏名:石津 博喜 さん

俺とSSTR
SSTRとの出会いは、東日本大震災で潰滅的な被害を受けた宮城の職場に転勤で向かうフェリーで読んだ雑誌記事だった。2013年6月のプレランの事を紹介した記事で強く憧れを感じた事を覚えている。しかし、その時は被災地での生活や職場と街の復興が第一で参加を考える余裕はなかった。宮城の職場では、津波で壊れた機械の修理が完了するまで青森にある機械を借りて業務を行っていた為、月に3週間は青森に単身赴任状態となった。普通にバイクに乗ることも出来ない状況の中、SSTRが第2回、第3回と開催されていることを知り、復興したら、普通の生活に戻れたら出たいなぁと思うようになった。そして、SSTR2017に初エントリー。参加できるようになる前にSSTRが終わってしまうのではないか?と不安を感じていたのでうれしかった。何パターンも考えていたルートに新ルールの指定道の駅をあわせてルートを決め、何年もホコリをかぶっていたキャンプ道具をひっぱりだした。だが、娘の運動会と重なった。被災地への引っ越しや父親の単身赴任状態等、彼女もつらい時期を過ごしていたのでちゃんと運動会に出てあげたい。そうでなくても親の遊びより子供の行事が優先!キャンセルも考えたが出来る事だけでもやろうと、日の出でスタート後、運動会に参加、終了後に指定を含めた道の駅5ヶ所を回り完走条件をクリヤ!そして日没前にリタイヤした。SSTR2018は、無事に完走、初めて千里浜を走り、多くの出会いもあり最高だった。そして、SSTR2019 また、運動会と重なった_| ̄|○ 娘は6年生で最後の運動会、SSTRと重なるもの最後、どちらも全力で参加。運動会終了後、千里浜を目指して出発、途中一泊して14時間28分遅れのゴール!俺だけのビクトリーラン!SSTRは目標、その為にどれだけ頑張ったかによって価値が変わると思う。また1年頑張って!千里浜で会おう!


ライフ部門 佳作

NO.2119
氏名:浦野 嘉子 さん

【タイトル】SSTR初参加で得た「生きている」という実感

 山あいを抜けると、湿った潮の匂いがした。能登半島の風が「ゴールまであとすこし」と私を導いてくれるようだった。
左手には日本海が拡がり、夕凪が優しく波を撫でると海面はきらきらと宝石のよう輝く。まるで血液が流れるのと同じスピードのようだった。私は走りながら、「今、生きているんだ」と胸に熱いものがこみ上げるのを感じていた。
 私はバイクに乗れない時期があった。50歳を過ぎてから大型免許を所得した私は、風とともに走るバイクの世界へあっという間に惹きこまれていった。仲間づてに知ったのが、当初発足間もないSSTRだった。しかし、長距離ツーリングは未挑戦だったため「もっと上達してから挑戦しよう」と参加は見送った。
 ある日、私は病に倒れた。くも膜下出血を発病し、緊急搬送されたのだ。搬送中、朧げな意識のなかで「このまま死ぬかもしれない」と思った。幸いにも、13時間に及ぶ手術で一命を取りとめた。意識が戻るまで2週間を要し、リハビリ生活を余儀なくされた。私には「またバイクに乗りたい」という目標が生まれ、リハビリと向き合えた。
 3年間のリハビリを経て、私は再びバイクに乗れる日を迎えた。エンジンをかけた瞬間、一度失いかけた命を再び手に入れられたことを実感した。
 新たな目標は、気になっていた「SSTRへの参加」だった。技術向上のために積極的にスクールやツーリングに参加した。そして、念願叶ってSSTR初参加の日を迎えられることになった。 
 当日は風に乗るツバメのようにゴールを目指した。変化する街並みや自然の風景、初めての景色ばかりだった。道中、同じステッカーを貼った参加者と手を挙げて挨拶したり、並走できたりと、ゴールまでの出来事すべてが新鮮だった。SSTRの参加で新しい世界に出会えたのだ。
 生きる目標となり、感動の体験をさせてくれたSSTR。帰り道、また来年も風とともに千里浜に向かうことを誓ったのだった。


ライフ部門 佳作

NO.3968
氏名:左田 法子

タイトル「家で会おう!」
「千里浜で会おう」のフレーズに魅了されて、夫も誘って二人で申し込んだものの、出遅れてのキャンセル待ち。諦めかけていた時に「輪島まで行くなら繰り上げしましょう」の案内を頂き、大喜びで参加させて頂きました。
 夫のバイクはGSXR1100、大型です。私のバイクはLEAD125、小型スクーター。
「千里浜で会おう」と言って、別々に出発するつもりだったのに、夫は「一緒でええ」と言い出しました。
「え?ほんまに?高速乗られへんから全部下道やで。」「やめとき!絶対しんどいで!」と行っても「なんとかなるやろ」という始末。正直、これはマズイことになったと思いました。なぜなら夫は、体調に不安をかかえていて、無理はして欲しくなかったからです。
心筋梗塞から4年半。去年は心臓の手術をしたばかりで、運動制限はないものの、体力が落ちているのはあきらかでした。その上、去年の手術の前に中古で買ったバイクにはほとんど乗ったこともなく、ツーリングは約30年ぶり。
「しんどなったら無理せんと棄権やからな」と約束して出発したのですが、やはり予想以上に困難を極めました。なんとか予定より大幅に遅れながらも無事ゴールし、そして夜、輪島の民宿で話し合いました。
〇夫は私に付き合って下道を走ることで、通常よりしんどい
〇私は夫のペースで走ることになるので、通常よりしんどい
結論「私ら、足引っ張り合ってるよな(笑)」
そして、帰りは別々で帰ることにしました。
休憩をたくさんとった方がいい夫は高速で。マイペースで走りたい私は下道で。
千里浜の道の駅で「家で会おう!」と言って別れました。涙が出ました。
私が家に到着したのは、日付が変わる直前。そして日付が変わった後、ボロボロになった夫が帰って来ました。
今回のSSTRで私が一番感動した瞬間でした。
素敵な企画をありがとうございました。そして一緒に参加してくれた夫に心から感謝します。


 

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