SSTR 2018「指定 道の駅」


「指定 道の駅」について

SSTR 2018では、下記に指定された道の駅に、ゴールまでに最低1カ所は立ち寄り休憩を取ることが必須となります。

「指定 道の駅」は、各都道府県に1ヶ所づつ指定されます。


SSTR 2018「指定 道の駅」のテーマ

「明治維新150周年」

今年は明治維新150周年にあたり、全国各地では観光キャンペーンや博物館・美術館で関連の展示が行われ、TVでも大河ドラマ「西郷どん」や特集番組が放送されています。

そこで今回のSSTR「指定 道の駅」は、明治維新と関わりのあるものを選びました。

すなわち、道の駅のある地域では幕末から明治時代にかけて、何か主要な出来事や事件があり、または人物や施設等が存在しました。

なお、道の駅の選出はSSTR運営委員会で独自に行いましたから、このリストに挙げた以外にも関連のある道の駅があります。

また、簡単な説明を掲載しましたが、その内容も歴史的に見て異なる見解が示されている場合があることをお断りいたします。

それでは、SSTRで「こんな事件があった」「こんな人がいた」「こんな建物や産業があった」と、道の駅をたどりながらSSTRのツーリズムに明治維新150周年のエッセンスを加え、千里浜を目指してください。


SSTR 2018版 「SA」「PA」「道の駅」 マップ

SSTR2018版 SAPA道の駅マップ

「SSTR2018 SA PA 道の駅 マップ」では、SSTR2018の「指定 道の駅」、「道の駅」、高速道路の「SA」、「PA」をマップ上でご覧いただくことができます。

チェックボックスの選択により、「指定 道の駅」、「道の駅」、高速道路の「SA」、「PA」の表示選択が可能です。

またマップも「地図」、「地形図」、「航空写真」、「航空写真(ラベル付)」に切り替え可能です。

SSTR2018のルート選定にお役立てください。


SSTR 2018「指定 道の駅」一覧

都道府県道の駅名称所在地電話番号明治維新150周年との関連キーワード
北海道北前船 松前北海道松前郡松前町字唐津3790139-46-2211松前藩、北前船、新選組・永倉新八居住地
青森県ひろさき青森県弘前市大字石川字泉田62-10172-92-3366弘前城・弘前藩の蝦夷地警備、戊辰戦争
岩手県みずさわ岩手県奥州市水沢区姉体町字石川原51-30197-26-3739高野長英出生地、蛮社の獄
宮城県路田里はなやま宮城県栗原市花山字本沢北ノ前112-10228-56-2265仙台藩寒湯(ぬるゆ)番所、幕末の建築物、奥羽越列藩同盟の雄藩
秋田県十文字秋田県横手市十文字町字海道下21-40182-23-9320明治時代商業地として発展、重要伝統的建造物群保存地区、内蔵
山形県しょうない山形県東田川郡庄内町狩川外北割97番地10234-56-3039勤皇の志士清河八郎出生地、浪士組
福島県猪苗代福島県耶麻郡猪苗代町堅田五百苅1番地0242-36-7676亀ヶ城は会津戦争の緒戦地。猪苗代湖は安積疏水に活用(日本三大疏水)
茨城県ひたちおおた(黄門の郷)茨城県常陸太田市下河合町1016番10294-85-6888近隣の落合橋で西郷どんロケ
栃木県明治の森・黒磯栃木県那須塩原市青木270287-63-0399那須野が原開拓、那須疏水(日本三大疏水)
群馬県しもにた群馬県甘楽郡下仁田町大字馬山3766-110274-82-5858富岡製糸工場(ユネスコ世界文化遺産)
埼玉県ちちぶ埼玉県秩父市大宮46250494-21-2266秩父事件、自由民権運動
千葉県南房パラダイス千葉県館山市藤原14950470-28-1511館山藩、江戸防衛、海岸警備
東京都八王子滝山東京都八王子市滝山町1-592-2042-696-1201千人同心と新選組・生糸貿易中継地
神奈川県箱根峠神奈川県足柄下郡箱根町箱根381番地220460-83-7310箱根の関、箱根戊辰戦争、遊撃隊
新潟県R290とちお新潟県長岡市栃尾宮沢17640258-51-1195幕末の英傑・長岡藩河井継之助、奥羽越列藩同盟、北越戦争
富山県氷見富山県氷見市北大町25-50766-74-3521北前船、昆布ロードと明治維新
石川県輪島石川県輪島市河井町20-1-1310768-22-6588北前船、花嫁のれん
福井県みくに福井県坂井市三国町山岸67-3-10776-82-3339明治三大築港の一つ三国港(他に三角港、野蒜港)
山梨県甲斐大和山梨県甲州市大和町初鹿野22480553-48-2571甲州街道、近藤勇と甲陽鎮撫隊
長野県上田 道と川の駅長野県上田市小泉字塩田川原2575-20268-21-1221養蚕、蚕種製造業盛ん
岐阜県美濃加茂 (ぎふ清流里山公園内)旧名称:日本昭和村岐阜県美濃加茂市山之上町2292-10574-23-0066明治の文豪坪内逍遥出身地
静岡県開国下田みなと開国下田みなと0558-25-3500下田条約、アメリカ総領事ハリス、下田奉行
愛知県田原めっくんはうす愛知県田原市東赤石5-740531-23-2525田原藩渡辺崋山、蛮社の獄
三重県菰野(こもの)三重県三重郡菰野町菰野2256059-394-0116菰野藩、東征軍先鋒隊出陣
滋賀県びわ湖大橋米プラザ滋賀県大津市今堅田3-1-1 琵琶湖大橋西詰077-572-0504幕末高校生ロケ地・石原さとみ、琵琶湖疏水(日本三大疏水)
京都府海の京都 宮津京都府宮津市字浜町3007番地他0772-25-1382日本三大義塾のひとつ天橋義塾
大阪府しらとりの郷・羽曳野大阪府羽曳野市埴生野975-3072-957-6900幕末三大道場の一つ士学館の桃井直正の墓所
兵庫県銀の馬車道・神河兵庫県神崎郡神河町吉冨88番地の100790-32-2837生野鉱山(銀)、明治産業遺産
奈良県十津川郷奈良県吉野郡十津川村小原225-10746-63-0003天誅組、十津川郷士
和歌山県くしもと橋杭岩和歌山県串本町くじの川1549-80735-62-5755トルコ軍艦エルトゥールル号遭難、日土友好
鳥取県大栄鳥取県東伯郡北栄町由良宿1458-100858-37-5395由良台場、六尾反射炉跡
島根県津和野温泉なごみの里島根県鹿足郡津和野町鷲原イ2560856-72-41220856-72-4122
岡山県笠岡ベイファーム岡山県笠岡市カブト南町245-50865-67-6755廃藩置県・小田県庁跡
広島県アリストぬまくま広島県福山市沼隈町大字常石1805084-987-5000坂本龍馬いろは丸事件
山口県萩しーまーと山口県萩市椿東4160-610838-24-4937長州藩、萩城・松陰神社
徳島県温泉の里神山徳島県名西郡神山町神領字西上角151-1088-636-7077小野さくら野農村舞台(人形浄瑠璃・明治の大衆娯楽)
香川県空の夢もみの木パーク香川県仲多度郡まんのう町追上424-10877-75-1994飛行機発明・二宮忠八
愛媛県うわじま きさいや広場愛媛県宇和島市弁天町1-318-160895-22-3934宇和島城、宇和島藩、日本初の女性産科医楠本イネ留学地
高知県ゆすはら高知県高岡郡檮原町太郎川3799-30889-65-1100坂本龍馬脱藩の道
福岡県いとだ福岡県田川郡糸田町162番地40947-26-2115筑豊炭鉱、富国強兵
佐賀県厳木(きゅうらぎ)佐賀県唐津市厳木町牧瀬692-10955-63-3737唐津炭田、幕末国内最大の採炭地
長崎県長崎街道鈴田峠長崎県大村市中里町452番地220957-53-6699シーボルト、志士も通った長崎街道
熊本県すいかの里 植木熊本県熊本市北区植木町岩野160番地1熊本県熊本市北区植木町岩野160番地1西南の役、田原坂
大分県なかつ大分県中津市大字加来814番地大分県中津市大字加来814番地福沢諭吉出身地
宮崎県酒谷宮崎県日南市大字酒谷甲1840-40987-26-10510987-26-1051
鹿児島県根占鹿児島県肝属郡南大隅町根占山本68680994-24-5113薩英戦争、根占台場跡、薩摩密貿易
沖縄県喜名番所沖縄県中頭郡読谷村字喜名1-2098-958-2944黒船ペリー提督休息

明治維新150周年との関連(解説)

都道府県道の駅名称明治維新150周年との関連
北海道北前船 松前松前藩はロシア船の進出や函館戦争等、幕末から明治初年にかけての動乱に否応無く巻き込まれました。また、松前は新選組の永倉新八が明治維新後に杉村義衛と名を変えて余生を過ごした地でもあります。
青森県ひろさき弘前(津軽)藩は幕末にロシアの南下に備えるため、幕府から蝦夷地警備を命じられましたが、冬の過酷さから大勢が命を落としました。また、戊辰戦争では新政府に与して、奥羽越列藩同盟の諸藩と戦いました。
岩手県みずさわ江戸末期の蘭学者高野長英は水沢の出身。長崎の鳴滝塾でシーボルトから蘭学・医学を学んだ進取の精神に富んだ人物でした。しかし、幕府の政策を批判したため蛮社の獄に巻き込まれて命を落としました。
宮城県路田里はなやま花山村寒湯(ぬるゆ)番所は仙台藩の関所で、江戸末期に設けられた建物が現存しています。仙台藩は奥羽越列藩同盟の雄藩、戊辰戦争時にはこの関所でも守りを固めて通行人を厳しく改めたことでしょう。
秋田県十文字横手市の増田地区は秋田藩南部の流通拠点として栄えて、現在の町並みは江戸末期に整えられたと言われています。明治以降も商業地として栄えて、「内蔵」のある伝統的建築物が残されています。
山形県しょうない当地に生まれた清河八郎は儒学を修め千葉周作から剣を学び文武の道に秀でました。上洛して攘夷運動に携わり、幕府の浪士組 (のちの新選組)結成に参加しましたが、近藤勇らと意見が合わず麻布一ツ橋で暗殺されました。
福島県猪苗代会津地方における戊辰戦争は猪苗代町の母成峠で戦いの火蓋が切って落とされ、兵力が分散していた会津藩は新政府軍に押し切られて会津若松城に撤退しました。また、猪苗代湖の湖水は明治時代に安積疏水で活用されました。
茨城県ひたちおおた(黄門の郷)今年の大河ドラマ「西郷どん」はつくば市にある撮影施設「ワープステーション江戸」の他に、常陸太田の地獄橋、落合橋でもロケが行われています。この道の駅の近くに落合橋があります。
栃木県明治の森・黒磯栃木県北の黒磯・那須野が原は明治時代に開拓が進み、現在は全国有数の酪農地として知られます。開拓にあたり設けられた那須疏水は安積疏水、琵琶湖疏水と共に日本三大疏水と呼ばれています。
群馬県しもにた明治から昭和にかけて生糸は輸出の主力商品で日本の近代化を支えました。官営富岡製糸工場は国の殖産興業政策により、明治5年フランス人の設計で建設されました。ここで多くの技術者が育っています。
埼玉県ちちぶ秩父事件は明治17年に自由党員と農民1万人が起こした蜂起事件です。養蚕・製糸業の不振による困窮が原因で、自由民権期の激化事件の頂点をなし秩父暴動、秩父騒動とも呼ばれています。
千葉県南房パラダイス幕末に度々外国船が来訪するようになると、幕府は各藩に沿岸警備を命じます。特に江戸湾の警備は重要で、各地に台場を設けて警備を強化しました。この地では館山藩がその任を負いました。
東京都八王子滝山八王子や日野は隊士の出身地として、新選組との関わりが深い場所です。隊士の生家や墓、資料館が各地にあります。また、桑都と呼ばれるほど養蚕や織物が盛んで、流通の拠点ともなりました。
神奈川県箱根峠鳥羽伏見の戦い以降、東日本の各地で戊辰戦争と呼ばれる内戦が行われました。箱根でも林忠崇率いる遊撃隊が関所を警護する小田原藩や新政府軍と激しい戦いを繰り広げました。
新潟県R290とちお長岡藩家老の河井継之助は明治維新に際して、武装中立の姿勢を貫きますが、新政府軍との交渉は決裂して戊辰北越戦争が発生。長岡藩は破れ、継之助は銃弾を受けて負傷し会津の只見で亡くなりました。
富山県氷見北前船は江戸から明治にかけて日本の物流を担います。日本海を行き来して米・醤油等を北へ、北海道から昆布・鰊等を運びました。能登半島の港は寄港地として大変栄えて、昆布を多く用いた食文化が発展しました
石川県輪島輪島も北前船の寄港地・風待ち港として栄え、有名な輪島塗の漆器が各地に出荷されました。また、花嫁のれんは幕末・明治時代から伝わる婚礼の風習の一つで、嫁入りの際嫁ぎ先の仏間にかけられ花嫁がくぐるものです。
福井県みくに三国港も北前船で栄えましたが、明治時代にオランダ人技師エッセルが港を改修し、川の氾濫や土砂の堆積による阻害を防止することに成功、近代的な港となりました。明治三大築港の一つです。(他は宮城の野蒜築港と熊本の三角西港)
山梨県甲斐大和戊辰戦争時、新選組は勝海舟の命により甲州鎮撫のため甲府城を目指します。一行は甲州街道を進みましたが、進軍の遅れにより勝沼で新政府軍と衝突、わずか1日で敗戦し各自バラバラに江戸へ退却しました。
長野県上田 道と川の駅上田における養蚕の歴史はとても古く、西暦717年にさかのぼります。当地では家内制手工業による養蚕・製糸業が盛んで、明治の終わりに集約化が進み昭和の初めにかけて全盛期を迎えました。
岐阜県美濃加茂 (ぎふ清流里山公園内)旧名称:日本昭和村坪内逍遥は明治時代の小説家、劇作家、評論家で美濃国の生れ。東大政治学科を卒業し文学論の「小説神髄」や小説の「当世書生気質(かたぎ)」を発表して写実による近代文学の方向を示しました。
静岡県開国下田みなと嘉永7年3月アメリカのペリー提督率いる黒船艦隊来航を契機として、古くから風待ち港として栄えてきた下田港は、わが国最初の開港場となりました。
愛知県田原めっくんはうす渡辺華山は江戸後期の蘭学者・画家で三河田原藩の家老です。「慎機論」を著し幕政を批判したため、蛮社の獄に連座して自刃しました。田原市博物館に数々の資料が残ります。
三重県菰野(こもの)菰野藩は外様で1万2千石の小藩ながら、戊辰戦争では新政府に恭順し東征軍先発隊に二個小隊を派遣する等活躍します。その中心となる菰野城は現在小学校の敷地となっています。
滋賀県びわ湖大橋米プラザ玉木宏、石原さとみが出演する幕末高校生はタイムトラベルが巻き起こすコメディタッチの映画。この映画のロケが道の駅近隣で行われました。また、琵琶湖の水を京都に引く琵琶湖疏水は日本三大疏水の一つです。
京都府海の京都 宮津明治八年、現在宮津小学校のある場所に地元有志の尽力により天橋義塾が開学しました。その後、優れた人材が集い自由民権運動の中心となりますが、政府の弾圧により明治17年に閉鎖に追い込まれました。
大阪府しらとりの郷・羽曳野この地に江戸末期〜明治時代の剣豪桃井直正(春蔵)の墓所があります。彼が師範を務めた士学館道場は、北辰一刀流の玄武館、神道無念流の練兵館と並び幕末江戸三大道場の一つに数えられました。
兵庫県銀の馬車道・神河銀の馬車道は生野鉱山と飾磨津を結ぶ日本で初めての高速産業道路です。国の殖産興業政策の下、当時最先端の土木技術で作られ、物資だけでなくお雇い外国人や鉱山労働者等多くの人が行き来しました。
奈良県十津川郷十津川一帯は全ての郷民が南朝の遺臣と伝えられ、尊王の思想が強く幕末には京都御所の護衛に当たりました。また、明治維新の魁となった天誅組にも多くの十津川郷士が参加しました。
和歌山県くしもと橋杭岩明治23年串本町沖で日本との親善に訪れたトルコ軍艦エルトゥールル号が遭難、581名が犠牲となりました。地元住民が必死の救助に当たり69名を救出し、日本海軍がトルコへ送りました。この事件は小説や映画にもなりました。
鳥取県大栄大砲を製造するために、幕末近隣の六尾に西洋式の鉄精錬所である反射炉が設けられ、海防のために設けられた由良台場に4門が配備されました。幸か不幸か実戦に使われることはなかったそうです。
島根県津和野温泉なごみの里津和野は山陰の小京都と呼ばれる山に囲まれた景観の良い町で、明治の文豪・森鴎外が幼少期を過ごしました。町には森鴎外記念館があり遺品や直筆原稿などを見ることができます。
岡山県笠岡ベイファーム版籍奉還と廃藩置県によって、江戸時代に日本を納めた各藩が廃され現在の47都道府県になるまでには数度の改変がありました。小田県は明治4年に設置され、明治8年には岡山県に合併されました。
広島県アリストぬまくまいろは丸は江戸時代末期、伊予国大洲藩が所有していた蒸気船で、慶応3年に坂本龍馬率いる海援隊が借り受けて近隣の六島沖を航行中、紀州和歌山藩船・明光丸と衝突し沈没しました。龍馬らは紀州藩と交渉し賠償金を獲得します。
山口県萩しーまーと萩は幕末まで長州藩の藩庁が置かれた町です。吉田松陰や高杉晋作等の人物を輩出し、討幕運動・明治維新の震源地となります。明治時代には新政府に政治家を多数輩出しました。
徳島県温泉の里神山徳島では江戸末期から明治にかけ人形浄瑠璃が庶民の娯楽として盛んに行われました。当地には川の氾濫により流失した舞台が昭和26年に再現されて、人形浄瑠璃や襖からくり等幅広い活動を復活させました。
香川県空の夢もみの木パーク二宮忠八は慶応2年に現在の八幡浜市に生まれ、明治22年にまんのう町で空を飛ぶカラスを見て飛行原理を発見します。翌年カラス型模型飛行器の飛行に成功して「日本の航空機の父」と称されています。
愛媛県うわじま きさいや広場宇和島藩主の伊達宗城は幕末の四賢侯に数えられ、洋式兵学を導入して大砲鋳造や蒸気船建造を行いました。シーボルトの娘で日本で初めて西洋医学を学んだ女医・楠本イネが当地で村田蔵六(大村益次郎)に師事しています。
高知県ゆすはら坂本龍馬は文久2年に風雲急を告げる時局を洞察し、沢村惣之丞と共に高知から梼原を経て伊予の国に脱藩しました。目的は下関の白石正一郎を訪ねることでした。
福岡県いとだ筑豊炭田は明治に入り開発が進み、明治25年に出炭量が100万トンを超えます。その後、200万、300万と増加して行き、国内の出炭量の半分を占めました。その石炭は富国強兵のため八幡製鉄所で使われました。
佐賀県厳木(きゅうらぎ)佐賀県北部には唐津炭鉱があり、江戸時代から採掘が始まりました。幕末には国内最大の出炭量を誇り大いに栄えましたが、明治に入り日本一の座を筑豊炭田に譲り、昭和40年頃全炭鉱が閉山しました。
長崎県長崎街道鈴田峠江戸時代、長崎の出島は海外に開かれた唯一の窓口で、幕末にはシーボルトも勝海舟や坂本龍馬等の志士たちもこの道を通りました。また、輸入品の砂糖が大坂や江戸に運ばれて、各地に甘い菓子を産み落として行きました。
熊本県すいかの里 植木熊本市植木町の田原坂は、西南の役で西郷隆盛率いる薩摩の反乱軍と政府軍が衝突した激戦地です。その様子は「雨は降る降る 人馬はぬれる 越すに越されぬ田原坂」と歌われました。
大分県なかつ福澤諭吉は幼い頃に父を亡くして、貧しくとも勉学に励み19歳の時蘭学を志して長崎に遊学。その後、江戸の中津藩屋敷に蘭学塾を開きました。これが慶應義塾の始まりです。
宮崎県酒谷明治時代を代表する政治家小村寿太郎は当地に生まれて、日英同盟とポーツマス条約を結び、関税自主権を獲得して不平等条約を改正する等の功績を残しました。
鹿児島県根占文久2年に生じた生麦事件が発端となり薩英戦争が始まります。薩摩藩は英艦隊を迎え撃つために根占に台場を設けました。また、この辺りの港は中国との密貿易の拠点で、その巨大な利益が倒幕の根源となりました。
沖縄県喜名番所喜名番所は、首里城から中頭・国頭地域に至る交通の要衝にあり、嘉永6年に沖縄調査のため訪れたペリー提督の一行が休息したと伝えられています。明治時代は役場として用いられました。

〜道の駅と明治維新との関わり・補足〜

お城   

お城は各藩の拠点として古くから存在しましたが、幕末には藩内が佐幕派、倒幕派に割れて激しい議論が交わされました。中にはクーデターに至った藩もあります。

疏水   

他の場所に灌漑・給水・発電等のために土地を切り開いて作った水路です。明治時代には職を失った士族のために開拓が奨励され、その際疏水が設けられました。日本の三大疏水である郡山の安積疏水や栃木の那須疏水は大規模な農地開発のため、琵琶湖疏水は生活用水、発電、産業振興で京都市の発展に寄与しました。

養蚕、製糸工場          

日本では古くから養蚕が行われていましたが、明治に入ると外国から技師を招いて近代的な工場が作られました。生糸の値段(相場)は上下動が激しく時に農家や商人を苦しめたものの、戦前まで主要な輸出品となりました。

北前船と交易             

道路も交通手段も未発達だった頃に、海上交通は輸送の主力でした。しかし、幕府が大型船の建造を禁じたため遠洋航海には向かず、太平洋側を航行する中にはジョン万次郎のように遭難するものも少なくありませんでした。北前船は日本海側・瀬戸内を航行して、北海道から昆布を全国各地へと運びました。一説によると、薩摩藩は中国との密貿易で昆布を売って巨大な利益を得たそうです。うがった見方をすれば、昆布が明治維新の力になったと言えるかもしれません。

銀山、炭鉱開発          

幕末に各国と不利な関税や治外法権等の不平等条約を結んだため、明治政府は西洋諸国に対抗する必要に迫られました。殖産興業政策、すなわち機械制工業、鉄道網整備、資本主義育成により国家の近代化を図ります。鉱山開発もその一環として行われましたが、石炭は蒸気船や鉄道、製鉄に用いられて殖産興業政策の原動力となりました。

台場   

幕末に度々外国船が日本近海に出没するようになったため、各地の沿岸に砲台が設けられました。幕府は当初「外国船打払令」を出し砲撃して撃退する方針をとりますが、後にアヘン戦争の結果を鑑みて外国船に食料・水・燃料の補給を許します。実際に薩英戦争や下関戦争で外国の艦隊と戦い実質敗北しますので、幕府の判断は正しかったと言えるかもしれません。

トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件             

この事件の背景には当時の政府が不平等条約解消のため、欧米各国との親善に力を入れていたということがあります。当時のトルコはオスマン帝国で、かつては大きな勢力を誇ったものの衰退期にあり、第一次世界大戦を機に滅んでしまいます。司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」に登場する秋山真之は、事故の生存者69名とともにトルコへ派遣されています。


 

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